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2012/01/20

(セカンドライフへの手紙)

被災地で子どもたちと粘土などを使って、在りし日の故郷の町並みを再現するというワークショップが行われたそうだ。
失われたものの記憶をたどり、自分の中で再確認する。それにより衝撃的な負のイメージが少しずつ、溶けていくことにも
つながるという。手を使ってこね上げる粘土の感触に、かさねる思い。そういうものがあるのだろう。
この新聞記事を読み、思わずセカンドライフのことを想起したものの、やはりそれはモニタの中の世界でしかないということ、
感触のない視覚世界にはどうしても限界があるということを、感じずにはいられなかった。

私自身もまだ、「セカンドライフで、今何を?」の答をみつけられずにいる。答などないのかもしれない。
現実世界に重きを置いて、私のセカンドライフは過去の記憶へと沈みつつある。
私事ながら、もうセカンドライフで創作することはやめてしまった。パソコンのスイッチを落とし、スケッチブックを広げる。
自分の手で、ペンで、新しいものを生み出すことに喜びを見いだしている。新しい外の世界へ。

カフェやライブにもよく行く(もちろん仮想世界ではなく)。そこで店の主人やもちろん見知らぬお客たちとも出会う。
セカンドライフでお気に入りの服をさがしたように、デパートへ出かけて自分の服や帽子を買う。
店員と楽しくしゃべったり、そして買った服を着てライブハウスに行き、ゆったりと音楽にひたる。
そこでも出演者やお客と会話したり、自分の絵を見てもらったり、刺激を受けたりする。

つまりセカンドライフで当たり前のようにしていたことを、今はもう(やっと)そのまま現実の世界で実行しているのだ。
初めは不安や緊張感もあったが、思いきってやってしまえば、それはとても楽しく豊かなことだった。
と同時に、かつての自分のアバターと実際の自分の行動が、奇妙にクロスオーバーしていくのは、なんともおかしな感覚。

「セルフブランディング」という言葉がある。アバターではない、私は私を生きる。
3.11.を胸に刻み、そこから新しく出発し、私は「セカンド」でも「ファースト」でも、また「リアル」でさえもなく、
あえて言うなら「オンリー」な人生でいけたらいいな、と思う。

近く、セカンドライフにも顔を出すつもりだ。そしてもし許されるのなら、かつての素晴らしいフレンドさんたち、
たとえばよーまさんねこさんに「お久しぶりです」と言ったそのあと「今度は新宿あたりでおしゃべりしませんか?」と、
そっともちかけてみたいのだけれど‥‥。
  

Posted by Pers. at 15:54Comments(0)TrackBack(0)ジブン

2011/05/04

メモ29

前回まで「できる」という言葉を意識して多用してきた。それは希望でもある。
思索が浅い部分も多くあるが、Second Lifeでできる本当に大切なこととして、
今この時期に思いつくままを述べた。

実行を伴わない提言は机上の空論であり、私自身無力であることは承知の上で、あえて言葉を並べた。
それは今まで豊かな時間をくれた、Second Lifeとプレイヤーの方たちへの、感謝をそえた私の思いだ。

確かに、今の自分には目前の仕事に身をつくすしかない。一方で、その合間に少しずつ礎を築けたら、
いつかSecond Lifeの方へ手をのばして、リアルの世界にそれを持ちこみたいと思う。

それまでは働いて、消費して、働いて。
そして疲れきってしまったときには、
ほんの少しの間だけでも
そっとSecond Lifeの世界に帰れるといいな、と思う。

散歩して新鮮な空気をすったり、
星空を見上げたりするように。





  

Posted by sama at 22:08Comments(0)TrackBack(0)

2011/05/03

メモ28

もう少し高度な応用はできないだろうか。考察を進める。

エンタテイメント性のある体験学習などの形が整えられれば、
被災した子どもたちのために何か特別なことができるかもしれない。
彼らをいきなり世界の観光地に連れて行くことはできないが、
Second Lifeの中でなら、すばらしい景色の中を思う存分観光したり探訪できる。

建築の応用として、復興計画のシミュレートもできる。
常に言われてきたことだが、本格的な3DCGソフトのような表現力はSecond Lifeにはない。
しかしCADやCGでの「冷たい」プレゼンにくらべ、Second Lifeならば感情移入がしやすいといえる。
アバターとなって歩き回ることは、相当にインパクトのある実体験だ。
ひょっとしたらそこには癒しや気分転換の効果もあるかもしれない。
これは前述の体験学習などにもつながる有用性でもあろう。

これらを、すべてをひとりでトライしていくのは困難かもしれないが、
Second Lifeでネットワークを築いてきた人たちなら可能だ。
人によってはリアルの職業での肩書きや活動、人脈も上手に使うこともできる。

営利や享楽のためではない。復興の手段としてならば、Second Lifeも含めすべてのどんな小さな可能性も
否定されるべきではないと思う。






  

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2011/05/02

メモ27

音楽でもいろいろできる。実際のライブで、スクリーンにSecond Lifeでの自分のアバターのライブを映写してもいい。
義援金ライブをするのなら、Second Lifeの中で楽をするのでなく、リアルでがんばった方がいい。路上だっていい。

被災された方たちに思いをこめた、アバターたちによる美しいショーもできる。
それをきれいに動画にとってブログにアップしたら、
被災支援をしている方たちのブログで紹介してもらえるかもしれない。
そうすれば被災された方々に思いがとどくまであと一歩だ。

マシニマも同様に訴求力のある素材だ。娯楽性も高い。

いずれにしても自己満足・一方通行や押しつけにならないよう、当事者である方たちとの真摯なやりとりも大切だ。
そのプロセスの中で、まったく新しい何かが見えてくることもあるだろう。

Second Lifeを楽しんでいる人ならだれでも思うそれは、「大きな可能性がある」ということ。
Second Lifeの中で、思うさま技量や器量を発揮してきた各人のその勢いを、
リアルに転化できれば本当にすばらしいことだと思う。




  

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2011/05/01

メモ26

Second Lifeは外国が近い世界だ。

Second Lifeにいる海外の人々へ震災の認知を促し、支援のきっかけを得る。
すでに多くの方が実行されていることと思う。
外国語を駆使し、積極的に支援の輪を広げている方たちに、心から敬意を表したい。

一方、国内を考えてみたときにどうだろうか。
Second Lifeから世間に発信しようとすると限界があるのは否めない。
Second Lifeは閉じた世界でもある。

そこで、Second Life側から世間にアプローチするのではなく、
実生活の場面にSecond Lifeを取り入れてみてはどうか。
Second Lifeを切り抜いて世の中に「貼りつけて」みるのだ。

端的なプランを一つ。
Second Lifeやブログで展示会をするのではなく、美しいスクリーンショットをパネルに入れて実際に展示する。
りっぱな画廊である必要はない。公共の施設でも、学校でも、ちょっとした空間でもいい。
個人の作品としてよりも、「Second Lifeの世界」というような紹介展示。
著作権の問題は難しいが、せめてそこにアイテム・景観を制作したアバター名を添えればいいと思う。
Second Lifeの美しい画像を、ブログやフリッカの世界だけにとどめておくのはもったいない。

次回はもう少し復興に関連した発想を広げていく。




  

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2011/04/30

メモ25

私のSecond Lifeの時間は完全に停止したままだ。

単なる「箱庭遊び・ごっこ遊び」のために、Second Lifeに時間を費やしている余裕はなくなった。
そんな日本人をもし外国人が見かけたらどう思うか。

だからといって、日本人はSecond Lifeから引き上げろとは言わない。
むしろ被災された方、関係者や震災で心理的にまいってしまった方たちが集える場
としての存在意義は大いにあると思う。

一方で、リンデンのクマを買ったりするのは、海外の人たちのすること。
日本人にはもっと直接的な役割が多くある。

それでもSecond Lifeにこだわっていきたいというなら、何をすべきなのだろう?
その考察を、明日以降いくつか述べていく。




  

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2011/04/30

メモ24

このたびの震災で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
(Second Lifeから少しはなれますが、今回は私的な思いを書きとめておきます。)

・・・・・・・・・

本当に震災の事実は圧倒的だ。
私のSecond Lifeの時間は完全に停止した。

「経済活動を止めるな」といわれる。
しかしそれを遊ぶことと混同してはならない。

まず働くこと(私としてはこれしかない)。自分の仕事に集中すること。
仕事がないなら自分で仕事を作り出すこと。口を開けて待っている暇はない。

お金が入ってきたら、被災された方々への支援、そして消費だ。

家電や車を省エネタイプに買いかえる、家具を買いかえる。
東北に観光に行く、東北産のものを積極的に買う。
貯蓄せずに投資へまわす。株の売買・マネーゲームではなく、新規発行株や社債購入に充てる。
スクールに通う、身の回りのものを買うなど自分や子どもに投資する。健康管理に努める。
建材市場の安定を待って、家の購入や立て替え・リフォームの計画を前倒しする。
原発反対を声高に叫ぶなら、すぐにでも率先して自宅に太陽光発電などを導入するといい。
当然だが、税や公共料金を滞納しない。・・・・・

仕事に打ち込むことはできる。本当に難しいのは消費の方だと思う。
収入減・増税、そして不況が続いていく中、
消費をおさえないようにするのには勇気がいる。

この先、震災の報道が少なくなっていく頃から、震災された方の思いを、
今度は私たちが、実生活の場面で身にしみて感じていく番だろう。





  

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2010/11/07

メモ23

SLではここしばらくカフェブームが続いているようだ。
会話を求めてカフェ巡りをする人、販売アイテムの制作に疲れてきた人、
ダンスクラブに行っても音楽を聴くだけになってしまった人、
あるいはSLに入ってきておおよその世界がつかめてきた人。

「まったり」「ゆるーく」「気ままに」「のんびり」「気が向いたら」・・・・
これらのキーワードとともに、増えているのが「カフェはじめました」ではないかと思う。
シムオーナーになるのには敷居が高いだろうが、カフェやバーのオーナーなら比較的なりやすい。

ゆるくつながるための、自分好みの、落ち着ける定点がほしくなるのが、昨今の傾向であると思う。
以前、それは限られた仲間と自分のための場所、つまりプライベートな住居だった。
今は、もっと気ままに、未知のゲストでもオーケーなオープンハウスのような形が好まれている。

SLでは日本人の場合、ツイッターより、とりあえずはカフェなのだ。
またそれは、手軽なソラマメやナビスルといった情報源が、依然として主流である、ということでも
あるのではないか。  

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2010/11/06

メモ22

ツイッターに加え、ツイッター的機能付きサービスなど、「今」「ここ」情報ツールがいよいよあふれてきた。
緩やかな・小さなつながりではあるが、距離と時間を一気に縮めていく強力な手段。
時代は、人は、ワ−ルドワイドに拡大された、空気のように肌になじむ「家庭」を欲している。
リビングで、父が見ているテレビが面白そうなら、一緒にそれを見るし、
キッチンからいい匂いがしてきたら、母からそのレシピを聞いたり、料理談義をするだろう。
弟のゲームに途中参戦など、よくあること。
これらはすべて、ツイッターやSNSやそのほかで可能になったことの、比喩として描いてみた光景である。
今では、このような空気のように楽ちんな家庭の香りを、ワイヤードでつながる空間が演出してくれている。

さてそろそろSLでも、しっくりくるツイッター的なツールが登場しないものかと思う。
ツイッター自体、たとえば「#SLJP」などもしばらく追ってみたが、上がってくる情報は、ブログから派生した
ようなものが多く、またあまり活発には見えず、SLとのパイプが太いとは思えない。

ぱっとより簡単にできるもの。
つまりそれは、ビューワの機能として盛り込まれるべきものだろうと思う。  

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2010/08/21

メモ21

Secondlifeを起動した際の、パソコンのCPU使用率を調べる。
「アクティビティモニタ」>「CPUの履歴」で、2秒毎、CPUコア別に、使用率の履歴を棒グラフ表示。



   起動と同時に一気にはね上がるのがわかる。
   歩いたり飛んだり、テレポートするなど、
   テクスチャ読み込みで負荷がかかる。

   テレポートの際、使われるコアが異なるのは
   なぜだろうか。

   棒グラフの赤い部分は、システムが使用している分。
   これも大きく増減することがある。

   SLの表示設定は「高」。

   いずれにしても、他のアプリケーションと比べて、
   突出したCPU使用度だ。  

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2010/08/19

メモ20

ネット配信のときに使うBGMを作っている。
もっとも楽譜の読み書きはできないし、楽器演奏もままならない。
単に、パソコンに入っていたDTMソフトを使い、フリーのLOOP素材を組み合わせて音をいじるだけだ。
ブロックをつなぐようにして、繰り返しのある簡単な曲などは、パッと作ることができる。

昨今、ネット配信は手軽にできるようになったが、放送モラルや著作権、肖像権に意匠権などの問題は常に横たわっている。
SLにおける創作活動もしかり。
一方で、利権を言い出すときりがないし世の中つまらなくなるので、グレーゾーン的な部分があることも否めない。
いずれにしてもグレーゾーンに甘えすぎず、楽しさも失わず、その辺のさじ加減には配慮と良心が必要だろう。

USTREAMの場合、著作権侵害・エロ・グロには厳しいらしく、容赦ないアカウントバンもけっこうあると聞く。
しかし無音の配信ではものたりない。じゃあ、ないものは作ろう。そのスタンスは変わらない。

あれこれいじって、できた曲は自己満足程度の出来だけれど、そんな作業もなかなか楽しいものだ。  

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2010/08/17

メモ19

近頃、SLでUstreamの配信をしている。

すでに述べたように、SLは現実のにおいを消してくれるとてもよい素材だ。
演出もしやすいし、CGとしては適度にリアルであるのもいい。

たとえば「高度な環境の設定」をいじるだけでも、おもしろい絵が撮れる。
それはスクリーンショットだけでなく、ネット配信でも効果的な方法だ。
配信用ソフトでエフェクトを加えれば、さらに変化のある映像にすることも可能。
さらにそのエフェクトが自作できるとなれば、楽しみも増す。

USTREAMでは場合、マシンの性能も求められるので、SLを立ち上げつつ
スムースな映像を高解像度で、というのはなかなか難しい。
高画質配信のためにFlash Media Encoderを使用するとなると、CPUは大忙しとなる。

たりない部分はエフェクトで味を出すなり、ぎこちない描写を逆手にとるなり、工夫次第ということになる。
まるで昔のSLのような環境だ。
カクカクした配信画像でも、「楽しめる何か」が生み出せる気がする。
だから私は発展途上の今のUSTREAMをおもしろく感じる。

テクニックやスキルや、格好をつけた何かによるのではなく、もっとシンプルで気ままな
しかし遊び心のある、あるいは実験的な、そんな配信をしてみたい。  

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2010/08/15

メモ18

前回のメモ17を書いていて思ったこと。

SL世界での、理想的な楽しい「空間タグ」をつけるシステムが作れたとして、
やはりそれでも「あえて利用しない」という壁、がそこにあり続けるのでは?という懸念だ。

SLパーソンの特性とでもいえばいいのか、気安さ・気軽さ・楽観的自由度みたいなものから
遠いところにいる人も多いように思う。
SLが現実に近づいていくほど、それは顕著になっていくのだろう。

たとえば現実世界で、道ばたですれちがう赤の他人に挨拶すること、電車に隣り合わせた人と
世間話をしたり、買い物先で知らない人と「すてきな服ですよね」と談笑したり・・・
都市部ではまずもって少ない。敷居が高いし、何もそこまで、と思う。
「やればいいのだろうけど、まあいいや」となる場面は多い。

SLはその壁を越えやすい空間だと思うのだけれど、実際はそうでもないようだ。
ネットは感情を増幅してしまう装置でもあるようで、
猜疑心・自尊心・自己欺瞞・嫉妬・誘惑・気まぐれ・怠惰・不安感、などもリアルに劣らず、
ぐるぐる渦巻いている。

せっかくのSLではあるが、どうしても用心深くなるし相手の気持ちも気にかかる。
まして余分なことは億劫(おっくう)だ。情報があるので目的が生じ、それが果たされれば、
その他は軽微なことであるにすぎないと思ってしまう。

一方で、ベタベタとした付き合いに振りまわされることは避けられるし、後悔も少ないだろうから
短時間で効率よく遊ぶには適したスタイルであるとも言える。

いずれにしても
広い視野をもって指摘すると、Secondlifeは、コミュニケーションを楽しみ遊び、
同時にコミュニケーションを学ぶための空間なのだ思う。

これはとても大切なことだ。  

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2010/08/13

メモ17

大きなリアル世界を、小さく取りこんで楽しむのがセカンドライフでもある。
SLプレイヤーたちはさっそくツイッターだのユーストだのを取り入れて元気なようだ。

前回メモ16で、forsquareなどの「今ここツール」について述べたが、
SLでも勇ましいデベロッパーに類似のサービスを構築してもらったらどうだろう。
内容はリアルのそれと同じ。
SL内の、ショップ、カフェ、モール、リゾート、どこでもいい、足跡をメッセージ付きで残せるようなシステムだ。

「あのアバターもここに来てたんだ」「このコメントおもしろい」「このお店のおすすめは・・・」など
その場所に誰でも気ままに情報を残せるようにする。

簡単なのは、LSLを仕込んだ機械をあちこちに置かせてもらい、通りがかりのアバターに、
その場所についてのコメントを、チャット発言かノートカードでその機械に送ってもらう。
別のアバターは、その機械をタッチすることで、蓄積されたコメントの羅列を読むことができる。そんな仕掛け。

とはいえ、これだけではあまりにも芸がない。やってみたい気持ちにさせる「味付け」「手軽さ」がなければ普及しない。
さもなくば「ツイッターがあれば、そんな機械いらない」となる。
コメントの表示の仕方も考えどころだ。
コメントを残す時も、読む時も、気軽に、そしてほかのアバターに知られないようなシステムがいい。
たとえばコメント読み出しが、そこら中のアバターのチャット欄に表示されるようでは迷惑になる。
また様々なコメント自体の管理をどうするか。オーナーとユーザのモラルも求められそうだ。

さりとて、コメントの縦横無尽さ、有益な情報を得たり、愉快なコメントを読む楽しさが、このサービスのポイント。
そして展開するならもうしばらく先、リアルで「はてなココ」などのサービスが広く認知されてからがいいだろう。  

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2010/08/11

メモ16

以前、「ワクワク感」を演出するものとして、「セカイカメラ」のことにふれた。
SLだけでなく、リアルな世界でも「今、ここ」の発信がさらに加速してきた。
「forsquare」である。

簡単に言えば、位置情報(GPS)を使って「私はここに来ました」という足跡をその場に残す、ケータイ用サービス。
付加情報として、足跡とともにコメントも追加できる。詳細は割愛するが、ゲーム的な要素も備えている。

「セカイカメラ」はカメラをかざすことで、その場所のリアル映像に(誰かが残した無数の)コメントが
かさねて表示される AR(拡張現実)だ。一方「forsquare」はAR技術は伴わない。

似たようなサービスは次第に繁茂しはじめ、ブログサービスで有名な「はてな」も「はてなココ」という
居場所確認ツールを配布しはじめた。ツイッターとも連動している。

それらのサービスの魅力はさておき、こうした私たちをとりまく状況をあらためて見まわすと・・・どうだろうか?
身のまわりにある空気以上の、張りめぐらされたネットと通信の密度の濃さに、目眩すらおぼえないだろうか?
時空間を飛びこえた他者たちとの無数のリンケージ。何とも奇妙な感じがする。

ニューロンのごとく、猛烈ないきおいで人々は情報の触手をのばしていく。
ガイア思想にも似て、地球が一個の脳になろうとしているかのようだ。
このフラクタルな感覚、それが「奇妙な感じ」を湧発しているのだと思う。  

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2010/08/09

メモ15

何だかわからないけど、面白い。
そんなものに惹かれる。

表計算ソフトのEXCELで、自動的に文を生成する装置を作ってみた。





右の列に並んだ大量の言葉の中から、ランダムに抽出して並べるだけの簡単なものだ。
体裁を整えるために、五七五の俳句形式にした。
[comand+=]キーで、何度でも組み合わせを変えられる。






基本的に無意味な俳句になるはずだが、けっこう意味がくみ取れるのがおもしろい。
不思議な言語世界、奇妙なイメージを誘発してくれる。

人間は認識することで理解するので、でたらめな抽象物にも何らかの意味を見いだそうとしてしまう癖がある。
ただ、同じ意味不明なものでも、「おもしろそう」「つまらない」に評価は分かれていく。

個人差もあるだろうが、この「何だかわからないけれど、心惹かれる」もの、
たとえば新しいイメージへと枝葉を広げていくもととなる最初の種の一粒、巨大な門の小さな鍵、陽気にパチパチはじける導火線、
例えるなら、そんなようなものを作り出せればすばらしいと思う。

さて、さきほどの俳句製造器、用意した大量の言葉の多くは、このブログ「D2」の記事から抽出したものだ。
少々大げさに言えば、この装置は Persprctive Wirefly の言語世界を再構成するものだ。

多少は「ワクワク感」を演出できただろうか。  

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2010/08/07

メモ14

「ワクワク感」とはなんだろう。

時系列の要因。これからきっと面白そうな展開が、という近い未来への期待。
空間的要因。身の回りの余白が、すばらしい何かで埋まりそうだという期待。

まだ見えないちょっと先の時間に、まだ見えない何かが生まれそうな余白。その空気感。
現時点ではまだ半透明だったり、やや混沌とした状態。
イメージがふくらみ、胸がふわっと満たされていく感覚。満足するちょっと前。

形が定まったもの、結果がはっきりしてしまっているもの、は意外につまらない。
豊かに色づく直前の新しい余白、色とりどりの空気が入り込む前の真空、
そんなものがほしい。  

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2010/08/05

メモ13

確かにアバターを見かけない。

先日もマップやらランドマークやらを駆使つつ、SLのシムを飛びまわり、歩きまわってみた。
人の交通がない。放浪、散歩者がいない。幽霊のように立ち尽くしてるアバターもいない。
理由は簡単で、今までメモしてきたような「今、ここ」の発信頻度の向上。
ブログ、SNSを経て、ツイッターでそれは一気に高まった。

バーゲン、イベント、盛り上がっている場所へと、目的は明確だ。
寄り道はいらない。無駄な時間の過ごし方はしない。余分な会話もいらない。挨拶もない。

うろうろキョロキョロしているニュービーでさえもすぐに「普通の人」になれるから、大勢に溶けこんで目につかない。
ラッシュ時の新宿駅の真ん中でぼんやりしている人がいたら、人々の目には奇異に映るだろう。
アバターの描くベクトルも通勤客やイベント客のように単一指向性が強くなってきたように思う。

せっかくの仮想世界が、単にリアル世界をトレースするだけの平凡な空間になってしまうとしたら、その魅力はあせてしまう。

自分の中でおもちゃ箱としてのSLに逡巡しつつ、こんな感想をいだくのは矛盾しているけれど、
今、SLには、何かを期待させる雰囲気、余分な時空間、というものがどんどん希薄になりつつあって、それが寂しい。  

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2010/08/03

メモ12

前回の「動的ブログ」はともかく、SLからUSTREAMでダラダラ配信する、いわゆるダダ漏れ(のSL版)が、昨今ふえつつある。

SLでも「こうすれば誰でも配信できますよ」というノウハウが出回りだした。
積極的なエバンジェリストもいるようで、何故それほど皆に配信させたがるのか、その真意ははかりかねるが、
お遊びの幅が広がるのはいいことなのだろう。

今年に入り、自分も少しずつネット配信をめぐる世間の動きを拾ってきた。
「ダダ漏れのソラノさんって誰?」から始まり、USTREAM、CamTwist、VJソフト(モーションダイ部)、DOMMUNE、
さらに、NHK「激震マスメディア~テレビ・新聞の未来」と裏配信の「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」・・・。

そんな情報リゾームなり私個人の枝葉はさておき、いろいろ見ていくと自分なりに「これは!」という新たな興味の源泉もみつかった。
SLを素材に、ただし意味のないダダ漏れでなく、エフェクトで加工施術した、なんとも混沌としたモワモワを配信する・・・
無手勝流のお遊びではあるけれど、デモ作りの試行錯誤もけっこう楽しい。

さて荒野では魔女たちが、鍋をかこんで怪しげなものを放りこむ。
「きれいはきたない」「きたないはきれい」グツグツ煮えて、何がとびだすだろう。  

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2010/08/01

メモ11

動的なブログ、というものを考えた。

昨今、一般に自己表現や情報発信は手軽な方へと流れてきた。
つまり、ホームページ/ブログ/ツイッター、という流れ。

これに反して、「動的ブログ」とは、SLを使ってUstream経由で放送するもの。
もしくは動画として録画し、Youtubeにアップするものだ。
自らのアバターを駆使して、さらにそれを動画で発信する。
ボイスチャットでもいいし、文字チャット(いわば字幕)でもいい。
内容はブログに書くような日常茶飯のこと、関心のあること、なんでもだ。
手間のかかり方で言えばツイッターらの対極に位置し、その労たるやヘビー級だ。

利点は、生身の人間が出てきてあれこれ言うより、SLのアバターなので送り手も受け手も心理的負担が軽そうなこと。
SL自体や動画の編集でいろいろな味つけができ、なかなかリッチなコンテンツになりそうだ。
・・・もっとも肝心の情報の内容がさえなければ、とんだ骨折り損になるだろうけども。

情報発信の、極北へ。  

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